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2010-02-05 (Fri)
乳ガンの闘病生活をしていたドナ(モグのひぃーばーちゃん)

今朝6時40分。
永遠の眠りにつきました。
中学生の時に長女が突然連れて帰ってきた短足犬ドナ。
初めて見る短足の犬。
そんな1人の出会いが我が家に大きな大きな思い出を
残していってくれました。
小さい頃から良く悪戯して、初めての家庭内犬のドナ。
ゴキブリほいほいくっつけて歩いてたり。
生ゴミあさって1日何度もお風呂で洗ったり。
子供の時は元気いっぱい。
ある日ドナに赤ちゃんを産ませようと、ケンネルにいって
お見合い相手を探して。ドナは無事に可愛い赤ちゃん産んでくれて。
みんな身内で飼うことになって。
マロンとチャッピーが新しい家族になって。
チャッピーがコチャッピーを産んでくれて。
コチャッピーがモグを産んでくれて。
全てはドナから始まった我が家の短足歴史。

家族みんなの秘密をしってるドナ。
どんな悩みも聞いてくれたドナ。
みんなドナに相談していた。
夜中にこっそり長女の部屋からドナを誘拐して
相談した事もあった。
父はドナが話し相手で親友でもあった。
だからかな。
負担かけちゃったのかな。
みんなドナはちゃんと聞いてくれて安心出来て
でもドナはその分負担になっちゃったのかな。


乳ガンと診断されたとき。
ドナに相談するのはやめようって思ったのに。
結局ドナはどうしたい。
相談しちゃったよね・

年齢的に一か八かだった。
でもドナは先生が驚くほどの回復を見せてくれた。
麻酔から覚めるなり、ご飯の催促。
さすが、デブチュアダックスのドナ様。
思わず、病名を忘れて笑っちゃったよ。

でも、結果的にこの手術が良かったのか悪かったのか。
もしかしたらこの手術で体力を奪ってしまったのかもしれない。
思う事は沢山ある。

ドナが急変したのは昨日木曜日の事。

私は何時も通り地元の公園で地元のワン友さんのラブレンママと
公園をフラフラしていた。
公園に着いて1時間ほどした時か、実家から携帯に連絡が入った。
でも、そのときは、「どうせ夕飯作りすぎたから取りにおいで」ってクダラナイ電話だろう。って無視した。
そのまま30分ほど友人と公園で遊んでいて
気になったので公園を出るときに実家に折り返した。
「ドナが急変した」と。
ソレを聞いたとき、電話を取らなかった自分を全力で憎んだ。
公園から実家まで歩けば30分以上かかる。

あわてて先に帰ったラブレンままに電話して自宅に帰ったのに
Uターンして実家まで車を乗せてもらった。
実家に付いたときはまだ立てて居た。
私の出迎えに来てくれた。
「ドナ元気そうじゃん!」そう目をやると、呼吸がおかしい。
どしたの?と聞くと、

肺炎を患って肺に水がたまってる。
病院の先生にどうしますか。と言われたけど、
水抜きの注射をしてもらって戻ってきた母。

先生が言うどうしますか。
それは最後をどうしますか。と言うことなのは解っていた。
母は酷く同様していた。
母をなだめて居たのか、ただ自分を納得させるために言っていたのか解らない。
でも、安楽死だけはさけたくない。
ドナは苦しいのかも知れない。
でも、死にたいと望んではいないはず。
エゴなのかもしれない。
でも、私は自分の中のエゴを最後まで貫き通す。
そう決めたんだ。
だからドナが諦めるまでは。薬で落とす事はしたくなかった。
ドナの飼い主の長女は苦しまないようにしてくれと言った。

長女に電話したとき、私は嘘を付いた。

「ドナ元気だよ、立ち上がって動いてるよ」って。

きっと、苦しんで歩けないって言ったら安楽死させられる。
ドナにとって何が良いのか、訳が分からなくなった。
段々立ち上がれなくなるドナ。
でも本能で肺を圧迫しないように短い足で必死に踏ん張っていた。
気道を確保するのに首は下げないで必死に上を向いていた。
そんなドナの姿を見るたびにどうすれば良いのか解らなかった。
肺水でフェレットを2頭亡くしている。
その苦しさ、見てきた。看取ってきた。
そのたびに何も出来ない自分の無力さに腹がたった。
結局。散々いい思い出を残してくれた子達に
母として何もしてやれない・
人間はなんて無力なんだって。

今朝兄から電話があった。
母がドナを持って出ていったと。
そのとき、病院に行ったとすぐ解った。
母を疑った。
安楽死させるんじゃないかって。
あわてて電話すると息を引き取ったと。
目の前の病院、行くには時間もかからない。
すぐ病院へ向かうとまだ暖かいドナが母に抱かれいた。
6時40分ドナ永眠。

最後は母の腕の中で息を引き取った。
安楽死では無く、時が来たんだと。

今でも解らない。
安楽死の薬を落とす事が最良だったのか。
苦しむ時間がない方が良かったのか。

でも、私にはできない。
どこかで、また元気に走るドナを見られるかもしれない。
どんなにデブでもヘルニアにもならない頑丈ドナ様
きっと、乗り越えてくれるって正直思った、
そう思うことが甘いのかもしれない・
でも自分があきらめたら
私がドナを信じてやらなかったら。

苦しませたのかもしれない。
いやだったのかもしれない。
看取って欲しかったのは遠くに居る長女だったのかもしれない。
私は必要なかったのかもしれない。
でも私にとってドナは感謝してもしきれないほど
大切な存在だった。

ドナは幸せだった?

その返事は聞けない。

ただドナが残してくれた子供達をこれからも幸せでいてもらえるように

いつか必ず訪れる別れの時。
理解しているつもりでも。
何度別れを経験しても。
つらい。

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